2022年3月20日(日)『タネとヒト 生物文化多様性の視点から』(農文協)の出版を記念して、執筆者トーク~語ろうタネとヒトの関係~をオンライン開催企画のご案内しています。
そこで、著者の西川芳昭龍谷大学経済学部教授に紹介文を寄稿してくださいましたのでご紹介します。
3/20「タネとヒト」出版記念執筆者トーク・オンライン企画と併せて、ぜひお申込みください。
『タネとヒト 生物文化多様性の視点から』(農文協)西川芳昭 編著
私たちが毎日食べているものの多くは作物からできており、その作物はタネがないと育つことができない。
今回の書物「タネとヒト」は、作物の栽培の歴史が始まって以来1万年以上にわたってタネとヒトが互いに紡ぎ合ってきた素敵な関係を、タネを大切に扱ってきた人々の営みや言葉を中心に記録することを通じて、明らかにしようとした試みである。
本書の冒頭には、「蜜蜂と稲と百姓との関係に目を止めるような、種子をめぐる権利論を超えるような新しい農学は可能でしょうか?」という宇根豊氏の問いが掲げられている。この問いかけに、農学・経済学・社会学・法学など多様な分野の18名の著者が応答したものである。研究者が中心となって科学の言葉でまとめた書籍であるが、日本やアジアの各地、さらにはアメリカ大陸で農業や農の営みに携わる人たちのタネに対する情愛が綴られている。
主要農作物種子法廃止、種苗法改正を受け、日本でも種子に対する関心・議論が急速に高まっている。しかしその多くは経済的、政治的な視点に偏っており、なによりも重視されるべき農家の現実・実感・思いからずれたものも少なくない。
本書では、事例を基に、実際にタネを大切に播き育て、採種を通して次代に引き継いできた農家と、条約や法律を前面に出して権利を主張する関係者(外部者)との違いを明らかにし、架橋するために議論の出発点を提示した。タネの持続性には、自給と産業、農家と企業、市民と国家というような対立ではなく、種子に関わる多様な関係者のネットワークや信頼関係こそが重要である。もっぱら人間にとっての利用価値を追求する(人間中心の)多様性の保全でも、自然の価値を無謬のものとして認める(自然中心の)多様性の保存・保護でもなく、自らも世界を構成する生物界の一員としてお互いの存在を認め合う(関係性中心の)価値観と生き方が問われている。
実際にタネを採り品種開発を行っている現場の農家・市民や企業は、多国籍企業や国際機関による種子の囲い込みを傍観しているわけではない。同時に、反対運動の組織化・政治問題化に多くのエネルギーを注ぐことにも懐疑的である。丁寧に紐解いてみれば、個々の農家(百姓)が持つ情愛の念はもとより、国際条約の枠組みも、企業の活動も、作物や人間が生物界の一員としてその存在を全うする生き方が許される社会を創ることに連なろうとしてきた。今後もそうあってほしいと願っている。
日本では、種子法や奨励品種という上からの法律や制度が、品種の統制を通じて農家と品種の関わりを弱くしてしまった側面もある。本書では、法律や制度でタネとヒトの関係を縛るのではなく、種子をグローバルなコモンズと考えるだけでなく、古くて新しいローカルなコモンズとして再構築していく方法にも触れてみた。
本書での対話を通じて、タネとヒトとの豊かな関係を味わい、さらに豊かにする営みに共に参画しようとする方たちとともに、さらに議論を深めていきたいと願っている。
(西川芳昭 龍谷大学経済学部教授)
タネとヒト 生物文化多様性の視点から 著者西川芳昭 編著
定価1,980円 (税込) 発行日2022/01 出版農山漁村文化協会(農文協)
著者 宇根豊、小林邦彦、河合史子、広田勲、大和田興、山根京子、⾧嶋麻美、渡邉和男、
河瀨眞琴、Ohm Mar Saw、入江憲治、冨吉満之、Bimal Dulal、吉田雅之、坂本清彦、岡田ちから、田村典江
目次
権利論と農本論の乖離を超えて/西川芳昭
西川さんへの手紙/宇根 豊
第1章 生物文化多様性の視点からタネとヒトとの関係の豊かさを研究するとは/西川芳昭
[解説]
「生物文化多様性」の考え方と、その本書における意味(西川芳昭)
種子の持続的な保全・利用に関係する主な国際条約(小林邦彦)
参加型開発と持続可能な生計アプローチ(SLA)の視点(西川芳昭)
Ⅰ 「農」の営みからみたタネとヒトとの関係
第2章 ヒトはタネ採りを通じてタネとどのような関係を築いているのか/河合史子
■コラム:タネ採りの現代的意義(河合史子)
第3章 地域品種の継承とその多様な意味――中山間集落の全農地通年調査から/広田 勲
第4章 農家の庭木果樹にみる民衆の生存・生活価値――無償労働にみる「いきいきと生きる」ことの意味/大和田 興
■コラム:「いきいきと生きる」とは――I・イリイチの3概念(大和田 興)
第5章 豊かな食は遺伝資源から――ワサビが教えてくれること/山根京子
Ⅱ 海外にみるタネとヒトとの関係
第6章 アジアの小農とタネとの関係①――ミャンマーの国民野菜CHINBAUNG(チンバオ)のタネをめぐる仕組み/長嶋麻美・西川芳昭・渡邉和男・河瀨眞琴・Ohm Mar Saw・入江憲治
第7章 アジアの小農とタネとの関係②――ネパールにおけるソバとカラシナの調査からみえてきたもの/冨吉満之・西川芳昭・Bimal Dulal
■コラム:ネパール国バグルン郡で農家による作物品種の選択から学んだこと(吉田雅之・西川芳昭・入江憲治)
第8章 東アジアの種子管理組織とそのメカニズムの特性とは何か――日韓台の政府系ジーンバンクと非営利組織の活動から/冨吉満之
第9章 「支配」の観点から捉えた大手種苗会社と農業者の関係性/坂本清彦・岡田ちから
Ⅲ タネとヒトとの関係の将来像を描く
第10章 “人類共通の遺産”としての種子に関する国際社会の努力と利害関係者の協力に向けて/小林邦彦
第11章 種子を共的世界に取り戻すことは可能か――コモン化(commoning)の視点から/田村典江
第12章 タネとヒトとの多層的関係を基盤とした農の営みの持続を目指して/西川芳昭