たねと食とひと@フォーラムは、たねといのちの多様性と持続性のために活動しています。

 2020年3月30日発行第27号広報紙「Tanet(たねっと)」に、龍谷大学経済学部教授の西川芳昭さんが寄稿くださいました。エッセー「タネとヒトとの素敵な関係」をご紹介します。


エッセー「タネとヒトとの素敵な関係」

収穫したタネを調整する作業

支えあう作物とヒト

 作物と野生植物の違いについて考えたことがあるだろうか。「作物は、自らの生存を人間に委ねた植物」と説明される場合がある。ヒトと作物が切っても切れない相互依存関係にある。実際、私たちが毎日採っている食べ物は、家畜の餌も含めるとほとんどは作物が生産してくれている。野生の植物は人間の存在がなくても持続的に存在できるが、作物は人間の手を借りなければ、その生命の維持が困難な植物である。

 長い人間の歴史の課程で、植物の中で人間が利用する部分(たとえば、ジャガイモやサツマイモのイモの部分(植物学的にはジャガイモは茎であり、サツマイモは根である)や、ムギやイネ・トウモロコシの穂=食べる部分はタネそのもの)の大きくなったものを選んで管理してきた。この管理の過程でタネを採り、保存し、再び畑に蒔くヒトの行為は重要である。それは、作物の花を咲かせて、タネを実らせ、実った種子(タネ)を収穫し、乾燥などの調整をしたうえで保管し、翌年播く一連の行為からなる。

 現代社会においては、作物の生産や品種・タネの管理は多くの場合国家や関係機関、民間企業が行い、農家が自ら作物の管理のすべてに関わることは少ない。それでも、タネとヒトとは私たちの生活の様々な場面で素敵な関係を紡いでいる。

日本との国際協力で作られたシードバンクに展示されているイネの多様性

タネと風土・地域の文化

 日本は、南北に長く地形も複雑であることから、特に蔬菜類の品種多様性が豊かであった。育種研究者の菅洋は、元来野菜の特産品というものは、地域の狭い風土の気象・土壌条件のもとで育まれ、そこに適地を見出した遺伝子型を持つもので、適地が極めて限られたものであろうと述べている。さらに、そのような適地において、その特性をもっとも発揮できるような加工法なり料理法なりが発達し、品種が単なる農業の投入財ではなく、その地域に暮らす人たちが生活を営む際に不可欠の要素として生活文化複合の一部をなすようになったとも紹介している。作物の品種は、その栽培される地域、風土、生活、習慣と密接に結びついて、一つの地域文化を形成する大切な要素となっており、同じ作物種の違った品種では、本当の意味では代替できないと考えられる。

 日本に残っている在来品種の中には、生活感の溢れる名前が付けられているものも多い。大豆の在来品種として各地に残っている「借金なし」や、秋田県に残るインゲンの「マンズナル」は、文字通り収量の多さを示しており、農家にとって収量が大きな関心事であったことを示している。奈良県に残るアワの品種に「ムコダマシ」というのがある。これは、よそから来た婿が白米と間違えて豊かな農家と思わせるくらい炊いたときに色の白い品種であるからつけられた名前という。貧しい農村の生活がわかる名前である。

日本には多様な野菜の品種があり、調理法も地域文化として 受け継がれている

 過疎化・高齢化もあり、食のシステムの役割分化が進む現代社会において、タネとヒトとのは距離が大きくなっている。その中で、農家が当たり前のこととして行うタネ採りと、昨今の一部の活動家が推進するような世界的な政治経済的枠組みの中で議論されるタネの守るという運動とは、タネを見るヒトの視角が全く異なることに注目したい。多国籍企業や政府の干渉は、タネを採り、植物が命を繋ぐ営みに参画する農家の視野には入らない。守田志朗は、国家統制による品種統一の中で農家と品種の関わりが消えていったことを指摘し、品種づくり品種選びの自由を農民・集落が取り返すことによって、田畑でたくさんの種や品種の作物を作ることが可能となると述べている。

大和(現在の奈良県)地方を中心とした伝統野菜の料理を提供するレストラン「粟」に展示されている雑穀の多様性

タネとヒトとの素敵な助け合い

 素敵な関係をいくつか紹介しよう。

 2003年に平成の飢饉と言われるコメの凶作が起こった際に、岩手県が次年度に農家に普及しようとしていた奨励品種の種子生産ができなかった時、沖縄県石垣島の農家が協力し、二期作の前倒しで種子生産を行い、岩手県の稲作を救ったことがある。岩手県の担当普及員は長期間石垣島に滞在し、沖縄県職員や農家と協力してタネの増殖を行った。この時に増殖された稲は、その後岩手県と石垣島の助け合いの象徴として、「かけはし」と名付けられた。人間の食べる食料を作るための種子が不足する際に、技術的困難を乗り越えて、他の地域の人たちが利用する種子生産にコミットすることが当たり前のこととして行われたと解釈するのはロマン主義すぎるだろうか。

 筆者は、1999年に、内戦からの復興過程にあるルワンダで、豆類の種子の配布を行うボランティアに加わった。内戦・民族虐殺の中で、身一つで逃げた人々が故郷に帰って生活を再建するのに作物のタネは不可欠であろうと、国際社会が協力して帰還難民にタネを届けた。過去にルワンダで農家の畑から取集されていた豆類のタネがコロンビアの種子銀行に保存されており、そのタネが隣国ウガンダの農業研究所で増殖され、私たちが国境で受け取って農家に配布した。この事業は、希望の種子作戦と呼ばれ、種子銀行の重要性が見直された。しかし、数年後の調査の結果、難民の中にタネを持って避難していた人も少なからずいたことが判明した。それほど、タネはヒトと切り離せないものだったのである。

 日本の種子バンクで、地域に根ざしている事例として有名なのは、広島県農業ジーンバンクの種子の貸し出し事業である。一般に、公的なジーンバンクは、保存している種子の配布目的を試験研究用に限っているのに対し、広島では農家や地元企業による地域特産作物の開発を重要な配布目的にしている。種子の貸し出しを受けた人は、栽培結果の報告と合わせて、借りた種子と同量以上を返却する、銀行のような仕組みである。さらに、食と農の連携教室を栄養士会との共同で開催し、「試験研究でリメークした野菜を使った健康づくり」など、新しい食文化づくりまでを見据えて、タネとヒトとの関係を育てている。

村人たちが協力して収穫作業に地酒がふるまわれる  作物と人間の関係は文化の重要な構成要素

タネとヒトとの関係の未来

 地域のアメニティとも言える作物の品種は、その場の環境に支えられて存在するため、多くは非移転性という性質があり、地域の伝統野菜などが成立した要因となっている。同時に、長い目で見ると、ヒトの移動に伴ってタネも運ばれる。日本で私たちが日常利用している作物も、稲は中国、小麦は中東、トマトは南米、リンゴは中央アジア、茶は南アジアなどから旅してきた結果、日本に住む私たちの食卓を支えている。自分で動けない植物が、動物や鳥、風などを使って移動するのに加えて、作物の場合ヒトの移動が大きな役割を担っている。私たちが、豊かな食生活を送るためには、今後とも、タネが自由に旅する世界が必要である。その意味で、農家と企業、市民と国家組織というような対立ではなく、タネに関わる多様な関係者のネットワークや信頼関係を大切にしたい。

 今注目されているタネの本に、小林宙の「タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ」がある。著者は、本フォーラムが共催した昨年のオダイズサイ「たねはともだち」でも講演された。小さいころから全国を旅する中で面白いタネと出会い、多様性を残したいとの思いから各地域に残る伝統野菜の種子を流通させるタネ屋を起業した。伝統野菜のブランド化は、市場で飽きられると存続が危うくなると危惧し、各地の多様な品種をそのまま流通させ、タネの旅を手伝っている。

 法律や制度でタネを縛るのではなく、紹介した例にあるような多様なタネとヒトとの関係を踏まえて、タネとヒトとがお互いの自主性を生かす素敵な繋がりを続けていける社会を作っていきたい。

以上

西川芳昭さんプロフィール:龍谷大学経済学部教授 (農業・資源経済学)。1960 年奈良県生まれ。1984年京都大学農学部卒業後、バーミンガム大学生物学研究科(植物遺伝資源の保全と利用)および公共政策研究科(開発行政)修了。2003 年東京大学より博士(農学)授与。国際協力事業団(現国際協力機構)、農林水産省経済局、久留米大学教授、名古屋大学教授などを経て13年より現職。主要作物種子法廃止法案においては、参議院農林水産委員会で行われた審議に野党側参考人として招聘された。 科学研究費基盤研究プロロジェクト「アジアにおける小規模農業の種子調達メカニズムの持続性評価」研究代表。 著書に『種子が消えれば あなたも消える』、『生物多様性を育む食と農』(編著)以上コモンズ、『持続可能な暮らしと農村開発 ―アプローチの展開と新たな挑戦 (グローバル時代の食と農1)』(翻訳:イアン・スクーンズ著)明石書店など

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