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 2022年5月に実施したアンケート調査では、主要農作物種子の生産状況に関する問いに加え、「種子法が廃止されて5年目を迎え見えてきた課題」、「主要農作物等の種子生産を継続される理由」について聞きました。具体的な回答として、「都道府県間連携が重要」、「今後も国の財政措置が必須」、「国と他県との種子生産受委託推進の動きがあるが県内種子価格との差が生じた場合の対応、品質で問題が生じた場合や事故が起きた場合の対応や担保、県内の種子生産農家や組合等の合意形成(採種事業への想い、経営アイテムとしての活用等)等」とありました。また、種子生産を継続する理由として、44道府県の回答は、いずれも「安定供給」「品質確保」「農業振興」「県の責務」でした。

 本アンケート調査の結果に対して、久野秀二京都大学大学院経済学研究科教授、西川芳昭龍谷大学経済学部教授、池上甲一近畿大学農学部名誉教授より、専門的立場から講評いただきましたのでご報告いたします。

2022年度都道府県の主要農作物等種子生産状況に関するアンケート調査結果報告


主要農作物種子法廃止法施行後の措置に関する都道府県アンケート調査(2022年度)の結果について

京都大学大学院経済学研究科 久野秀二

 都道府県アンケート調査も今年で5回目を迎えた。継続的な(基本的な)質問項目については、全体的に大きな変化は見られなかった。種子法廃止によって懸念された種子行政の現場の混乱もなく、多くの県が種子生産に関する条例を制定したり、既存の政策枠組みの中でやりくりしたりしながら、優良品種の育成や優良種子の安定供給のため、自治体としての責任を粛々と果たしている様子が窺える。

 第1に、質問項目④「奨励品種決定のための原原種・原種の生産、種子の審査等について」では、以前にも指摘したように、「奨励品種決定試験」を「栽培適性等を調査するための品種選定試験」と表現したり、種子生産圃場の「指定」を「承認」に、種子の「審査」を「検査」に変更したりして、行政の役割と権限を(形式的に)薄めた一部の県も含め、現状維持とみなしていいだろう。

 第2に、質問項目⑤「ゲノム編集品種の種子生産の可能性について」でも、「不明」とした2県を含め、昨年度と同じく「可能性がある」と回答した自治体はなかった。北海道が敢えて「現在のところ可能性ない」とし、香川県が「未定」、岐阜県が「国等の社会情勢を見て判断」とコメントしている点は気になるところだ。国が農研機構を中心にゲノム編集技術の研究開発に積極的に取り組んでおり、2021年5月に策定された農林水産省の「みどりの食料システム戦略」(2022年7月に「みどりの食料システム法」として施行)でも、「気候変動に対応する品種などを効率よく提供する」ための方策の一つとして同技術が位置づけられていることから、自治体としては十分にありえる回答だろう。ゲノム編集技術については、たねと食とひと@フォーラムでも継続的に取り組んでいるところである。同技術の育種技術としての可能性を否定するものではないが、食品としての安全性や環境への影響に対する懸念が払拭されていない以上、国内外の事業者による無軌道な開発や流通が行われないよう、開発者・事業者等の届け出や表示の義務化を求めつつ、研究開発の動向を今後も注視していく必要があるだろう。

 第3に、質問項目⑥「種子生産に関する条例について」では、昨年以降、新たに3県(福島県、山梨県、沖縄県)で制定され、2022年5月時点で32道県が制定済みとなっている。昨年度のコメントに書いたように、一部の県では米・麦・大豆以外の地域特産的な作物(雑穀類や伝統野菜など)も対象にしている。沖縄県の条例では具体的に列挙されていないが、「本県の土壌、気候、風土その他の自然的条件に適する良質な種苗の安定的な供給」を目的に掲げ、「伝統的農作物の種苗の継承及び保存並びに活用」(注:伝統的農作物とは「本県の伝統的な食文化に密接な関係がある農作物であって、本県において長年にわたって栽培されているもの」と定義されている)も県として講ずる施策に含まれている。残念ながら京都府は未制定のままだが、酒造好適米や伝統的農作物の品種開発と種苗供給に責任と自負をもって取り組んでいるはずだ。種子法廃止後も種子行政を継続する理由として「府内の農産物を継続的に生産し、府民の食糧を確保する上で、良質かつ安価な種子を安定生産することは極めて重要であり、そのためには京都府が責任を持って種子供給する必要があるため」としている点では、他の種子条例制定県と何ら変わるところはない。京都府を含む15府県でも、行政としての責務を明文化するために種子条例制定の準備を進めることを強く求めたい。

 第4に、今回のアンケートで新たに加えられた質問項目の一つ、⑧「気候変動に関する農業への対応策について」では、多くの県が高温耐性(耐暑性)品種の開発・導入あるいは既存の耐性品種の普及・奨励品種化に取り組んでいる、あるいは今後必要だと考えていることが示された。また、気候変動の影響は高温化だけでなく、それにともなって発生する病虫害の影響、あるいは梅雨期の変動や台風・豪雨等の影響も加味した対応策を検討している県もみられた。一部の県では肥培管理など栽培技術の開発と生産者への栽培指導にも取り組んでいる。

 第5に、種苗法の一部改正を受けて、2022年4月以降、登録品種の種苗を生産(自家増殖を含む)・販売(譲渡を含む)するには許諾が必要となったことを受けて、質問項目⑩「品種登録された奨励品種の許諾料・許諾条件について」が今回新しく加えられた。それによると、許諾申請が「必要」「一部必要」としているのが26道府県、許諾料を設定しているのは21府県だった。ただ中身を詳しくみると、許諾が必要な場合でも「県内生産者については不要」、あるいは「許諾品種の供給先は県内限定」「県外への許諾はしない」とし、許諾は不要だが「戦略上重要な品種については自家増殖を認めない」とするなど、作物品種や県内外・国内外に応じて細かく条件を設定している様子がわかる。例えば青森県は、新品種「青天の霹靂」(2017年登録)について「県の販売戦略上重要な品種として生産者の自家増殖を認めない」、新品種ではないが「華想い」(2006年登録)について「自家増殖では実需者に求められる品質の維持が困難な品種として生産者の自家増殖を認めない」としている。山形県では「つや姫」(2011年登録)の許諾を「特別栽培等の生産に限定」している。鳥取県は新品種「星空舞」(2018年登録)について「ブランド化推進協議会の生産者登録要件において自家増殖はできないと定めている」と回答している。香川県の「おいでまい」(2014年品種登録)も「県内外とも自家増殖不可。県やJA、生産者、流通関係者で構成するおいでまい委員会に登録している栽培者のみ栽培可能」とされている。

 このように、多くの県が「育成者権の保護」ではなく「地域農業の振興」の観点から登録品種の種苗利用の許諾手続きを位置づけていることが読み取れる。今後、国の研究機関や民間企業と共同開発した新品種が道府県の奨励品種(あるいはそれに類する品種)として普及するケースが増えていけば、状況が変わってくる可能性もあるが、地域の条件に適した優良な公共品種の選択肢が豊富に残されているかぎり、一般の生産者はもちろん、自家増殖を志向する生産者についても、その利益を不当に損ねることにはならないだろう。だからこそ、種子法廃止と農業競争力強化法の思惑がどこにあれ、各道府県が責任を持って種子事業に継続的に取り組んでいくことが重要なのである。今回のアンケートでは最後に⑪「種子法が廃止されて5年目を迎え見えてきた課題」を尋ねている。これに具体的に回答した県は少なかったが、例えば「都道府県間連携が重要」(埼玉県)や「今後も国の財政措置が必須」(広島県)といった指摘がみられた。おそらく「特に問題はない」と回答した県も同じように感じていることだろう。都道府県による主体的な取り組みとして横連携が広がること、そして30を超える県で種子条例が制定され、ほぼ全ての県で種子事業が粛々と(しかし責任と自負をもって)取り組まれている事実を国は重く受けとめ、公的種子事業に対する財政措置を継続的に保障すべきであろう。

久野秀二さん:京都大学大学院経済学研究科教授(国際農業分析担当)。1968年生。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程中退、北海道大学大学院農学研究科助手、オランダ・ワーヘニンゲン大学客員研究員 、京都大学大学院経済学研究科准教授を経て、2010年12月より現職。博士(農学、北海道大学)。主な著書に『アグリビジネスと遺伝子組換え作物』(単著)『グローバル資本主義と農業』(共著)、『食料主権のグランドデザイン』(共著)、『Reconstructing   Biotechnologies: Critical Social Ana lyses 』( 共編著)など。

 


2022年度主要農作物等の種子生産に関する都道府県アンケートを読んで

龍谷大学 西川芳昭

  2017年に突然廃止が国会で決定された主要農作物種子法の廃止は、イネの生産に関わる農家や栽培用の種子を生産するJA関係者のみならず、ひろく国民全体の注目を浴びた。自民党をはじめとする与党の圧倒的多数の論理で法律自体は廃止されたが、参議院における与野党議員の連携と努力の結果、法律が廃止されても引き続き主要農作物の種子の安定供給に国が責任を持って行くことが付帯決議で強く要請された。決議そのものには法的拘束力はないものの、現時点までは、制度の継続を望む道府県においては地方交付税交付金を活用した種子供給が続けられている。また、2022年5月の調査実施時時点で、全国32道府県において、種子法の内容を踏襲するだけでなく、それぞれの道府県の状況に鑑みて対象作物の範囲を拡大したり、域内農業振興政策を総合的に取り込んだりした条例が制定されている。本アンケートは、このような状況の中で、廃止以来毎年実施されてきたもので、国内各地域における主要農作物種子の公的な供給制度の現状及び変化を知る貴重なものとなっている。

 個別の内容を見ていきたい。予算措置を見ると、大きな変化は見られないが、茨城や秋田のように、種子生産の費用の中で人件費とともに重要な機械更新について、積極的な措置を継続している県があることに注目したい。奨励品種については、法的枠組みが無くなったあとも、継続的に各道府県が推奨品種や優良品種を指定して、種子の安定供給に関与していることがわかる。原々種・原種の生産を種子生産をしていない東京都を除いてすべての道府県が実施していることも自治体の努力が表れている数字であり、圃場指定や検査の実施について数字上のばらつきがあるのは行政が直接実施せずに団体に委任している場合が含まれるため、実質的にはすべての自治体で審査に責任を持っていると言える。

 種苗法改正との関係で多くの関係者が気にしているのが、公共品種の許諾に関する点だが、許諾が必要(22道府県)、許諾料が必要(21道府県)となっており、種苗法に基づく運用が広くなされていることがわかる。ただし、種子法有効時から、県外への流出防止や、許諾制度の導入は広く行われており、種子法廃止や種苗法改正の影響かどうかの判断は難しいと考える。登録品種であっても、自家増殖を可能にしている例もあり、公共品種の役割としては望まれる形かも知れないが、一部の条例が域内農産物のブランド化などを取り込んでいることを踏まえると、種子の安定供給と囲い込みの両方を行政が担うことについて原則のあり方として矛盾をはらんでいることには留意が必要であろう。

 以上をまとめると、道府県毎の種子の安定供給は一定程度担保されていると言えよう。しかし、今後予想される気候変動や災害時に1993年の大冷害の際に岩手県の種子生産を沖縄県が担ったような県をまたぐ協力の体制整備をどう行っていくかが課題であると筆者は考えている。

西川芳昭さん:度成長の始まる1960年に、緑肥作物であるレンゲのタネ屋さん、タマネギの採種育苗農家に生まれる。大学で作物遺伝学を学び、作る人と育てられる植物との関係を学ぶ在来品種の利用について興味を持った。遺伝資源管理を学ぶために大学院留学をするが、生物多様性の持続可能な管理には、科学的技術の進歩が不可欠であると共に、そのような科学の進歩が社会や文化という文脈の中で人々の生活の中に翻訳されなければ持続可能なシステムの構築につながらないことにも気づいた。このため、大学院時代から農業の重要な投入財である種子の社会経済的意味および農業生物多様性資源管理の組織制度について研究を行っている。現在は、浄土真宗西本願寺が経営する龍谷大学で、農業資源経済学・民際学を教えている。主な調査地は、日本・エチオピア・ネパール・カナダなど。著書『食と農の知識論―種子から食卓を繋ぐ環世界をめぐって』(東信堂、2021年)他多数。絵本「たねがいのちをつなぐ」(たねと食とひと@フォーラム発行)監修


第5回種子法アンケート結果に対するコメント

近畿大学名誉教授 池上甲一

 いわゆる種子法の廃止を受けて始まった都道府県(以下、自治体とする)へのアンケート調査2022年度の結果がまとまった。5年もの間、この地道な調査を継続したことにまずは敬意を表したい。同時に、自治体の担当者も真摯に対応しており、それだけでも意義深いといえよう。今回も全自治体から回答があった。回答の密度には差があるとはいえ、記述式の質問にも丁寧に答えている担当者が多く、担当者の関心と責任感の強さをうかがうことができる。以下では、この結果に対する感想を3点述べ、最後に種子全体にかかわる論点を2点指摘したい。

 第1に、種子法廃止後5年が経過したが、当初心配したほどに自治体の主要農作物の種子生産に対する態勢は後退していない。今回の調査結果だけでは5年間の推移が分からないが、大幅な予算減額は、担当者の人件費の費目変更といったケースを除けば見られない。ただ、予算が非公開とされている自治体が複数あることが気にかかる。

 第2に、主意生産事業の実施部署・機関は基本的に県及び県関連研究機関などであり、品種の共同開発を民間企業と行う自治体はいまのところ減少傾向にある。

 第3に、品種の利用・配布、あるいは許諾料がある場合の取り扱いは基本的に自治体内を優先している。品種開発や種子供給体制の強化には広域の連携が重要になるが、まだ自治体の壁は厚そうである。広域連携には品質確保や事故時の対応など難しい問題もあるが、逆に増殖を集中するとリスクが大きくなる点に配慮したいところである。

 以上で、「結果」を見ての感想を終え、今後考えるべき論点について、環境問題と関連させて述べておきたい。

 種子の問題は、いまやグローバルな環境問題と連動させて考察することが大事になっている。それは2つある。

 第1の論点は気候変動と種子の関係である。質問にも気候変動に関する農業への対応策が設けられたが、回答のまとめとしては高温耐性など高温対策に取り組む自治体が27府県あったと記述されている。おそらく種子に関するアンケートなので高温耐性を持つ品種開発が中心だと推察される。この意味で、当該の質問は技術開発の方向に足を踏み出していることになる。しかしさらに重要なことは「緩和」すること、つまり地球温暖化ガスの削減に全体として寄与する栽培体系(不耕起栽培など)の研究とそのための品種開発である。こうした方向を質問項目に入れれば、自治体担当者の技術開発方向に対して間接的に影響を与えることができるかもしれない。

 第2の論点は、作物の多様性が日本だけでなく、世界全体でも急速に失われていることである。この問題は生物多様性の危機(大絶滅の時代)と比べると、あまり知られていない。もちろん生物多様性の崩壊は農業が依って立つ基盤を掘り崩し、さまざまの生態系サービスを失うことになるので農業と食にとって見過ごすことのできない問題である。産業主義的な農業のあり方が、生物多様性のあり方に大きな影響を与えていることは言うまでもないが、同時に産業主義的な農業が求める経済性に合わない作物が放棄される事態が急進展している。

 2019年のFAOの調査によると、この100年の間に在来品種が大幅に減少(作物在来種の75%が消滅し、家畜も30%が危機的な状態に置かれている。その結果私たちが摂取する栄養の75%を、わずか12種類の植物と5種類の動物から得るという非常に単純化された食生活が生まれている。このことは遺伝的多様性の喪失や生産の不安定化リスクを増大させる。実際、作物多様性が農業生産に与える安定化効果に注目した研究成果が、学術雑誌の”Nature”などで報告され始めている。

 作物多様性を守るためには、種子銀行のような形で域外保全をするだけでなく、実際に生産しながら保全していく域内保全が重要である。この点で、それぞれの自治体が主要農作物と同時にほかの雑穀類や野菜類の種子を栽培し続けられる体制を作ることが強く求められる。その状況を調査し、足らない点を提案する取り組みは、主要農作物等(傍点、筆者)の種子生産に関する調査にとっても「等」に注目することで新たな視点を獲得できる可能性がある。

*FAO. 2019. The State of the World’s Biodiversity for Food and Agriculture, J. Bélanger & D. Pilling (eds.).

FAO Commission on Genetic Resources for Food and Agriculture Assessments. Rome. 572 pp. (http://www.fao.org/3/CA3129EN/CA3129EN.pdf) Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.

池上甲一さん:京都大学、近畿大学で教育・研究に従事。現在、近畿大学農学部名誉教授。農業社会経済学の構築を目指し、農業・食料、水・環境、フェアトレード、大規模農業投資などについて研究しながら、日本、アフリカ、タイの村を歩き回っている。著書に『食の共同体』(編著、ナカニシヤ出版, 2008年)、 『食と農のいま』(編著、ナカニシヤ出版、2011年)、『農の福祉力』(単著、農山漁村文化協会、2013年)、『ポストTPP農政』(共著、農山漁村文化協会、2014年)など。現在、国際農村社会学会会長。

 以上


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