たねと食とひと@フォーラムは、たねといのちの多様性と持続性のために活動しています。

2018年6月23日に当会は、恒例の総会記念イベントとして、4月の主要農作物種子法廃止の意味を理解するためのシンポジウムを行いました。

主に米、小麦、大豆からなる主要農作物の安定した生産のため、従来は都道府県に、その地域にふさわしい品種の指定と、その品種の種子の安定供給の義務が課せられていました。このことを定めていたのが主要農作物種子法でした。ところがここ1~2年のうちに、規制改革推進会議で突然、その廃止が取り沙汰され、国会での議論も深まらないままに、またメディアも取り上げなかったため国民もほとんど知らないままに、あっという間に廃止が決まってしまいました。主要農作物種子事業に民間の参入を促し、公的機関がもっている知見を民間に移譲していくという説明が、農水省などではなされています。しかしその説明は漠然としていて、具体的にどう変わっていくのかよく分かりません。

そこで当会は、この出来事の意味を理解するために、4月に全都道府県にアンケート調査を実施し、全都道府県から回答を得ました。その結果、少なくとも今年度は、以前から事実上種子事業から撤退していた東京都は別にすると、ほとんどの道府県で昨年までの体制が維持されているということが分かりました。ただ、たとえば種子事業の一環であった圃場指定に関わる部分のように、各都道府県で種子法廃止を受けた小さな変更も多々みられました。さらに、アンケートではほとんど回答がなされませんでしたが、当会独自の調査により2県64市町村の議会から国に意見書が出されていたことが分かりました。同じく当会では独自に、民間におけるコメの種子事業の代表例と言える「みつひかり」を生産、販売している三井化学アグロに聞き取り調査も致しました。三井化学アグロにとっては種子法廃止で特に変わったことはないこと、またコメの種子事業への民間事業者の参入には困難がつきまとうこと、などが分かりました。

シンポジウムには、アグリビジネスに詳しい久野秀二京都大学教授、県独自の主要農作物種子条例を制定した兵庫県の農産園芸課の寺尾勇人氏、新潟県の農業改良普及員やNHKの農事通信員を務めてこられた堀井修氏をパネリストにお招きしました。

久野先生は、種子法廃止が特定の具体的な目的のためになされたというよりも、農業の大規模化や輸出促進、農協改革、市場改革等々を推進している新自由主義的な農政の一環として理解されるべきであることを強調されました。その農政は一部の競争力ある強い農家を伸ばすことに主眼を置いているのですが、そのためにしばしば、公的機関が担ってきた事業や小規模農家の地域に根差した連携を否定するという、必要を超えた攻撃的、破壊的な施策を実施しがちです。主要農作物種子法で確保されていた、各都道府県の種子事業を全否定しなくても、民間企業が主要農作物種子事業に参加することは可能でしたし、それを促進することさえできたはずなのです。こうした現政権の新自由主義的な姿勢という背景の上で、主要農作物種子法廃止も理解されるべきだということでした。それを踏まえて私たちは、食料主権、そして食料への権利を確立するために何ができるのか、考え続けていく必要があるということでした。

兵庫県の寺尾さんは、種子法廃止の決定を受けた兵庫県の姿勢を説明してくださりました。県として種子事業を今まで通り継続することは義務ではなくなったとしても、兵庫県にとって農業は基幹産業の一つであり続けます。この点を明確にして農業者に安心して生産を続けてもらうべく、知事のリーダーシップの下、独自の条例を制定したとのことでした。原種、原原種の生産現場に詳しい新潟県の堀井さんは、しかし現場ではまだ種子法廃止の意味が理解されていないことを指摘されました。そのうえで、民間事業者の参入でF1品種がコメ市場を席巻するといった、堀井さんご自身としての危機感を訴えられました。

会場には176名もの聴衆が集まり、パネリストの講演と、それに続く吉森共同代表も加わってのディスカッションに真剣に耳を傾けていました。日本の主要農作物の種子市場が多国籍巨大バイオメジャーに乗っ取られるのではないか、といった懸念もありました。それは短期的には考えにくいし主要農作物種子法廃止がそうした事態に直結すると考えることはできないということが明らかになりました。しかし危険がないということではありません。今、政治、経済に携わる広範な層に蔓延している市場原理主義は、「イスラム原理主義」などと同じ意味で原理主義なので、公共機関や協同組合などの役割を削ぎ、民間企業へと移していく一貫して強力な、しばしば非合理的な志向をもっています。その先には、日本の主要農作物種子市場を一部の大企業やバイオメジャーが支配するといったシナリオも考えられないことではありません。ただ、そうした可能な結果だけを声高に訴えるよりも、足元で着々と進められている市場原理主義の一つ一つの動向に対して冷静な監視と必要な意見表明を行っていく方が効果的でしょう。そのために当会は一人でも多くの方々のご協力をいただきながら、今後も活動を続けていきたいと考えています。(髙澤裕考)


シンポジウム当日は、会場から応えきれないほどの、多種多様な質問が寄せられました。市民の素朴な疑問に答えることは重要であるとの趣旨で、久野先生と寺尾さんが後日答えを寄せてくださいました。主な質問事項は次のものでした。

・農業、種子生産の現場はどうなっていくのか?

・自家採種ができなくなるのか?

・都道府県の種子事業予算の増減の理由は何か?

・農協の役割はどうなっていくのか?

・種子法廃止の目的は何だったのか?

・種子法廃止はアメリカの意向を受けた動きだったのか?

・遺伝子組み換え作物が広がっていくのか?

・外資の侵入は防げるのか?

・海外への知見の流出は食い止められるのか?

・食料主権はいかにして可能か?

・「食料への権利」とは何か?

その中から回答を抜粋してご紹介します。

Q 種子法が廃止されたら農家はどこから種を買うことになるのでしょうか。

A 種子法が廃止されても、各都道府県でこれまで通りに主要農作物の種子生産事業が継続されるかぎり、一般種子の生産・供給を担当する農協等から購入できます。(久野)

Q 種子法が民間企業の開発意欲を阻害しているとの国の言い分を信じていたが、どうやら違うらしい。ご講演の中で久野先生は、なぜ種子法が廃止されたのか、何が狙いか分からないとおっしゃっていましたが、本当の狙いは何だとお考えでしょうか。

A 特定の目的のために特定の力が働いたかどうかという意味では、エビデンスもなく、説明の理屈も成り立たないので「分からない」と言いました。しかし、報告の中でも強調したように、そして上述したように、大企業・多国籍企業が活動しやすい国に日本をつくりかえ、国民生活を守るために必要な政府の役割、様々な社会的・経済的なサービスを国民に提供する公的セクターや協同組合セクターの役割を縮小しようとする新自由主義的な政策転換の流れが背景にあることは確かです。実際、種子法廃止によって、公的セクターの役割が後退し、多国籍企業を含む民間事業者に主導権が移り、結果として主要農作物種子事業がビジネスとして多国籍企業に取り込まれる「可能性」が生まれたと考えることはできますが、あくまでも「可能性」であって「必然性」ではありません。都道府県が自らの種子事業を維持し、生産者と消費者の支持を得ながら、その役割を果たしつづけるかぎり、すぐにでも「多国籍企業の支配」が進むとは思いません。だからといって、警戒の必要なし、と言っているわけではありません。(久野)

Q 種子法廃止後は、すでに登録されている品種に都道府県が特許をかけて特許料をとるようになるのですか。また特許がかかったら自家採種は制限されることになるのでしょうか。

A 種子法と種苗法は異なります。種子法は主要農作物に限っても、育成者の権利や自家採種の可否を定めたものではありませんでした。他方、主要農作物の品種登録はこれまでも種苗法にもとづいて行われてきました。公共品種についてパテント料を徴収するという話は、私が知る限り聞いたことがありませんが、国・都道府県の試験場など育成機関の手数料収入の中に算定されていた可能性もあります。各県の担当機関に問い合わせて下さい。他方、民間企業育成品種の場合は、種子代に上乗せして(or算入して)徴収していたと思います。(久野)

A 兵庫県においてパテント料を徴収するといったことはしておりませんし、種子法廃止後もありません。ただ、原種に関しては有料による提供をしています。これは、原種生産に要する経費を回収するためのであり、パテント料を徴収するためではございません。(寺尾)

A 主要農作物(コメ、麦、大豆)の自家採種を行う農家はきわめて限られていますが、国や都道府県が育成した公共品種の育成者権が種苗法の下で強化されるような状況になっても、それらの自家採種を国や都道府県が制限することは想定できません。但し、奨励品種に認定されているブランド品種を自家採種した場合には、品種・銘柄についての農産物検査を受けることができないので、そのブランドで販売することはそもそもできません。それは自家採種の自由を阻害するものではなく、逆に、品種管理を通じて生産物であるコメの有利販売を追求する生産者・農協・都道府県の立場を保護するものです。なお、農産物検査は農産物検査法によって定められていますし、品種の保護は種苗法の管轄でもあるので、このあたりのルールは種子法廃止の前後で変化しません。(久野)

以上


【予告】報告集を発行します

6/23シンポジウム「種子法廃止後のたねのゆくえ」の報告集を作成します。登壇者の資料や当日内容のすべてと、特別付録として、全都道府県からの回答集計と当日会場より出された質問のすべてに久野先生をはじめとする登壇者が後日回答を補足したQ&A集もついています。

たねと食とひと@フォーラム会員は特別価格800円でお求めいただけます。参加された方も、来られなかった方も必見の報告集です。ぜひご予約ください。

◎発行予定日 9月末

◎価格 一部 1,000円(会員価格800円)

◎お申込み方法

購入予約・購入申し込みとも たねと食とひと@フォーラム事務局へご連絡ください。 ホームページ「Tanet」(準備中)からまたはメールにてinfo@nongmseed.jp

以上

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